《第66回 山口県交響楽団定期演奏会へ向けて》
指揮者 篠崎靖男氏からみなさまへ
ドイツの森は、子供にとっては未知の世界で、少し怖い場所です。フンパーディングのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」は、何度も飢饉に見舞われた中世のヨーロッパで、口減らしのために、そんな怖い森の奥に子供を捨てる話が原話となっています。この習慣は、コロンブスがアメリカを発見して、ヨーロッパにジャガイモを持ち込むまで続きます。もちろんオペラでは、子供たちが「お菓子の家。行ってみたいなあ」とわくわくするハッピーエンドのストーリーで、12月ドイツでは定番オペラとなっています。両親に連れられたたくさんの子供たちがオペラ劇場にやってきて、魔女が出てくると震え上がる姿に、両親は優しく微笑むのです。今回演奏する序曲には、そんなオペラのメロディーがちりばめられています。
ピアノ協奏曲第5番”皇帝“は、ドイツ生まれ、オーストリアのウイーンで活躍したベートーヴェンが、傑作の森と言われるほど、名曲をどんどん書き上げていた時期に作曲された傑作中の傑作ですが、冒頭は変ホ長調のオーケストラの一つの和音だけで始められ、そしてすぐに、ピアノの長いソロが始まるという破格な曲です。そこには当時のヨーロッパを席巻していた啓蒙思想が大きく打ち出されている、強烈な印象を持った作品です。
最後にブラームスですが、ベートーヴェンと並んで、ドイツを代表する交響曲作曲家と言われておりますが、実は4曲しか交響曲を作曲していません。しかし、一曲一曲が、ものすごい時間と労力で書き上げられています。ブラームスは古典的だという人もおりますが、まったくの間違いです。バッハやベートーヴェンの書法を研究し、自分の作品に取り入れているのは、ドイツの音楽の伝統をしっかりと受け継いでいるからなのです。この交響曲の2小節の冒頭は、まるで何かのモニュメントのように意味深で、その後すぐに、オーケストラが自分の意気持ちを全部吐き出すかのごとく、激しく心を揺さぶるような演奏が始まります。ものすごくロマンチックであり、そして、前衛的な和音も見え隠れする、ブラームスの最高傑作です。
今回のプログラムのタイトルを付けるとしたら、「ドイツ音楽の真髄」でしょうか。しかも、フンパーディンク、ベートーヴェン、ブラームスの最高傑作が並んだだけでなく、ソリストには、才能が溢れていることはもちろん、正統的な“本物のベートーヴェン“を弾くピアニスト、山口県出身の尾形大介さんと共演出来ることも大きな喜びです。
そして何よりも、昨年は中止に追い込まるなど、この1年半、苦しみ抜いた山口県交響楽団。再び、大切な仲間たちとオーケストラを弾くことの喜びあふれた演奏は、第一回目のリハーサルから僕の心を強く揺すぶっています。特別な演奏会になると思っています。是非、みなさんお越しください。